コリュール
南フランスのホテルは概して居心地がよい。今までの私の経験ですと、都会のホテルより田舎のホテル、大きなホテルよりこじんまりしたホテルの方が満足させてくれます。ニース、マルセイユ、アヴィニョンといった都会に泊まる場合もなるべく場末の小さなホテルを探すことにしています。

数年前にコリュールを訪れたとき大変感激したことがあります。
プロヴァンスの村をいくつか訪ねた後、スペインの国境に近いこの町に向かいました。知り合いのフランス人が「絵を描くなら是非この町を」と推薦してくれた地中海に面した小さな村で、教えてもらったホテルは出発前に日本から予約の電話を入れておきました。


ニーム、ペルピニアンを過ぎて荒涼とした風景のなかを進み、コリュールの町の駅に着いた時は既に午後7時を回っていました。運悪く我々の乗ってきた列車がその日の最終列車で、荷物を降ろしてしばらくすると駅の電気も消えて真っ暗になってしまいました。
駅の回りには何もなく、ホテルどころか町がどの方角なのかも分かりません。途方にくれていると、幸いにも1人の婦人が同じ列車から降りたらしく、迎えの車を待っており、何とか町の方角を聞くことができました。

仲間を駅に残し、教えられた通りにしばらく進むと、明かりに照らされた町の広場に着くことができました。広場に面した八百屋の女将にホテルの場所を尋ねると、何のことはない、そこから50メートルほどのところにそのホテルはありました。
まずはほっとして部屋でくつろぎました。
コリュール

4階の部屋から窓を開けると、小さな小川を隔てた向こう側にライトアップされた大きな古城が美しく目に入りました。見ると、その古城の塔の上に3つの旗がこれまたライトアップされて立っています。その一番上に翻っているのは白地に日の丸のようだが、はて何だろう? 2番目の三色旗と一番下にあるカタラン地方の旗は分かるのですが・・・。その日は不思議に思いながらも、疲れのせいかすぐに寝てしまいました。
翌朝、宿の旦那に城の旗を指さして「あの旗は日本の旗に似ているが、なぜあそこにあるのか」と訪ねた。すると「あなた方がはるばる日本から絵を描きにくるというので、お城に電話して日本の旗を掲げてもらったのさ」とニコニコして答えました。
わたしもいろいろな地に泊まりましたが、わざわざ町のシンボルであるお城に国旗を掲揚して歓迎してもらったのは始めてでした。
城

小さな町であり、オフシーズンのためかこの時期にオープンしていたのはそのホテルだけでした。大変歴史のあるホテルで、今までに多くの画家が利用したとのことです。私の勤める銀行の本店の3階にあるリトグラフ「電気物語」の作者であるラウル・デュフィーも滞在し、その作品も残っています。

ホテルの1階にはレストランとカフェがあり、カフェの壁には有名無名の画家達の作品がところ狭しとならんでいます。カフェで旗のお礼を主人に言い、カフェで日本の話しをしていると、常連と思われる旦那衆が寄ってきました。
日本から持ってきたお菓子(煎餅と羊羹)を振る舞うと、いつしか話題の中心になってしまっていました。煎餅はおおむね好評でしたが、羊羹を口にすると妙な顔をする人が多いようでした。しかし、食べ終わると、皆一様に「セ ボン セ ボン ガトー」。
カフェのすぐ隣かレストランになっていて、やはりこの季節に営業しているのはこのレストランだけのようでした。当然のことながら、滞在中の食事はこのレストランでとることとなります。
トンプリエ
                    ホテル タンプリエ
レストランの従業員も、このシーズンオフにはるばる日本から来た絵描きのためにいろいろと気を配ってくれました。ここを訪れる前にプロヴァンスに数泊しましたが、なぜか肉料理ばかり食べてきました。せっかく地中海に来たのだから海の幸を食べたいと伝えておいたおかげで、滞在中、いろいろな海産物を食べることができました。

この町の人達は日本人の主食が何であるかを知りませんでした。カフェで日本の食べ物についての話しになり、この前食べた煎餅の元のrizを食べていますが、今回の旅行ではまだ一度も食べていないと言いました。

翌日、レストランのギャルソンが、自慢げに今日はこれを注文しろと勧めます。それは「パェーラ(パエリア)」でした。「今日はあなた方のために特別に米の料理を用意しました。」
白いご飯とは違いますがその心遣いに一同感動しました。ムール貝、エビ、カレイなどがふんだんに使われていて、一同、白ワインでコリュールの町とギャルソンに乾杯 !

この旅で1つ気がかりなことがありました。それは海外旅行が初めてで、無理に誘ったS氏に満足いただけるかどうかだった。なにしろパリは素通り、行くところと言ったら地図にも載っていないような所ばかり・・・。
しかし、コリュールの最後の夜、S氏が私に言いました。「このカフェの隅でパスティスを飲みながら1人静かにたたずんでいた元漁師と思われる老人を眺め、本当のフランスを感じた。それが感じ取れただけでもいい旅だった」と・・・。この言葉を聞いて安心するとともに、言葉ではよく言い表せないが、S氏も私と同じ様なものを求めているのかなと感じ、嬉しくなりました。

港
                         コリウールの港

真冬といっても、このカタラン地方はだいぶ暖かです。プロヴァンスやコートダジュールの様な観光地ではなく、地中海の小さな町で思う存分絵を描き、よく飲み、よく食べ、楽しい時を過ごすことができました
(1987
年筆)